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草野仁さんの近影

もう46年も前のことになりますが、NHKに入社して3年目に、初任地鹿児島放送局から福岡放送局に転勤を命じられました。仕事の内容はより責任が重くなり、ますます気持ちを引き締めて頑張らなくてはと考えていたとき、東京から直属の上司として羽佐間正雄さんが赴任して来ました。

折しもアナウンサーとして「スポーツ」を専門分野に追求しようと心に決めていた頃で、そのタイミングの良さにびっくりしたものです。

というのも当時のNHKのスポーツアナウンサーの中で、絶えず新しい手法でスポーツ放送を実践していた人は羽佐間さんだけといっても過言ではなく、その実況は常に客観的なデータや分析を踏まえて、試合や競技の進行状況を推測していくスタイルの極めてジャーナリスティックな放送でした。

それ以前から目標にすべきはこの人以外にないと思っていたので、上司として身近にいてくれるようになるとは想像もできないことだったのです。

そして、赴任してくるや否や羽佐間さんに呼び出しを受けることになったのです。すぐさま羽佐間さんのところに伺い、ご挨拶を申し上げると、「草野君、俺がなぜ福岡にやってきたか分かるかい?」と尋ねてきました。予期せぬ質問に「いえ、分かりません」と答えるしかなかったのですが、羽佐間さんは「俺は本来スポーツアナウンサーとして東京で仕事を続けていても良かったんだけれども、実は君を育てるために福岡にやって来たんだよ」と赴任の理由を説明してくれたのです。

驚きました。自分が目標として背中を追いかけようとしていた人から、何にも増してうれしい言葉でしたし、この上なく身の引き締まるインパクトを感じる言葉でもありました。

更にその瞬間に胸をよぎったのは、「自分自身が頑張るのは当然だが、もし私が期待に応えられなかったら羽佐間さんの名声を汚すことになってしまう。これは羽佐間さんのためにも精一杯の努力をしなければならない」という思いでした。

神様が与えてくれた出会い

それから3年近く、羽佐間さんからは「誰にも瞬時に理解される自分独自の表現を目指し、その言葉に責任を持て」という教えを頂き、そのことを忠実に実践し、同時に自分の判断力を生かしてスポーツ実況に臨んできました。

今振り返ってみると、この時期に放送人としての基礎を形づくれたおかげで、なんとか一人前のスポーツアナウンサーになることができました。あの時の「君を育てるためにやって来た」という言葉がなかったら今の私はなかったでしょう。

こうしてみると人間が職業人として成長していくために大きな力となるのは、良き上司との出会いも大事なことの一つだと思うのです。その意味で羽佐間さんとの出会いは私の人生で神様が与えてくれた予期せぬご褒美だったといえるでしょう。

羽佐間さんの言葉は今でも折に触れてわが胸によみがえってくるのです。

草野仁
草野 仁(くさの・ひとし)
1944年、満州・新京生まれ。67年にNHK入社。主にスポーツアナウンサーとしてモントリオールオリンピックなど、様々なスポーツの実況中継を担当。また、『ニュースセンター 9時』『ニュースワイド』のキャスターも務めた。85年にNHKを退社し、その後はフリーのTVキャスターとして活躍。レギュラー番組は『世界ふしぎ発見!』(TBS)、『主治医が見つかる診療所』(テレビ東京)など。近著に『話す力』(小学館)がある。(2016年2月現在)

季刊広報誌「Shall we Lotte」第31号(2016年春)より転載
「小さなご褒美」をテーマに、ご自身の経験から、嬉しかったことやほのぼのとしたお話などのエピソードを、読む人がちょっと元気をもらえるようなエッセイにしていただきました。

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