高齢者の「食べる」を守る歯科医療
主催:読売新聞東京本社、NPO法人 ハート・リング運動
後援:厚生労働省、日本医師会、日本歯科医師会、日本看護協会
協賛:株式会社ロッテ 制作協力:一般社団法人 口の健康と食べる力を支える会
超高齢社会となった日本では、「認知症」をはじめ、誰もが直面し得る疾患の予防が重要です。近年、お口の健康が全身や認知機能の維持に深く関わることがわかり、注目が集まる歯科医療。食べることや噛むことを通して、「認知症」や「生きるチカラ」について考える「ハート・リングフォーラム2025」では、高齢者歯科医療の最前線に立つ平野浩彦先生に密着。口腔機能の維持に役立つ情報や、オーラルフレイルに関するインタビュー、ドキュメンタリー動画をお届けします。
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「食べる」を守る。オーラルフレイルと歯科医療が取り組む課題
「ささいな口の衰え」を放置しないために
オーラルフレイルとは、硬いものが食べづらい、むせる、滑舌が悪くなるなど「お口のささいな衰え」を指します。この概念は、全身の加齢に伴うフレイル(虚弱状態)になぞらえ、日本で初めて提唱されました。1989年にはじまった「80歳で自分の歯を20本以上残しましょう」という8020運動は、令和6年調査では6割以上の高齢者が達成しています。しかし一方で、高齢者の約2割以上がオーラルフレイルに該当するといわれています。高齢化が進む現在、単に歯を残すだけでなく、その歯をいかに機能させるか、口腔機能の維持が新たな課題となっています。
お口の衰えを放置すると、「口腔機能低下症」という診断名がつき、さらに進行すると誤嚥性肺炎のリスクを高める「摂食嚥下障害」を引き起こします。したがって、健康な状態と病気の間に位置するオーラルフレイルの段階で予防することが、とても大切です。
認知機能にも影響する口腔機能低下の原因と予防
口腔機能が低下する背景には、歯の本数の減少だけでなく、持病の影響、薬の副作用による口の乾燥、食習慣など実に多くの要因があります。噛みやすいものばかりを選ぶ食生活は咬合力(噛む力)の低下を招き、さらに硬いものが食べづらくなるという悪循環を生みます。また、口はコミュニケーションの要となる器官です。社会的な孤立によって「食べる」「話す」機会が減ると、口腔衛生への関心も薄れやすく、口腔機能の低下を加速させます。こうした衰えは全身へ波及し、認知機能を含む心身の様々な衰えのリスクにもつながります。
予防の基本は、かかりつけの歯科医を持つことです。定期的なメンテナンスでむし歯や歯周病を早期に防ぐとともに、日常生活での習慣づけも欠かせません。食事では適度に噛みごたえのあるものを取り入れたり、ガムを噛んだりして、意識的に口の筋肉を使うようにしてください。また、ブクブクうがい(口を閉じたままほおを左右に動かす)や、ガラガラうがい(頭を少し後ろに倒してのどの奥を震わせる)を長めに行うことも有効です。興味深いことに、しっかり咀嚼ができていると脳の機能が活性化し、認知機能にも良い影響があることが分かってきています。

歯科医療に求められる役割の変化
人生100年時代を迎え、食べることへのサポートが必要な人が増えるなか、歯科医療の役割も大きく変化しています。従来のむし歯や歯周病の治療・予防にとどまらず、口腔機能全体を管理し、広い角度から支援することが求められるようになりました。例えば、認知症における食事拒否も、空間や提供方法などその人に適した環境を整えると、食べられるようになるケースがあります。そういった食支援も含め、診療室の枠を越えて介護施設やご自宅に訪問し、患者さんの生活環境に寄り添いながらケアを行う機会も増えています。医学的知識だけではなく、患者さんの人生観や価値観を尊重しながら向き合う想像力も欠かせません。8020運動を推進してきた私たち歯科医師には、患者さんが守ってきた歯が本来の役割を十分に果たせるよう、継続的に支援する責任があります。皆さんの人生の伴走者として、「食べる」を支え続けること。それが、これからの歯科医療の使命だと感じています。

東京都健康長寿医療センター 歯科口腔外科部長・研究所研究部長
日本老年歯科医学会理事長
平野 浩彦先生(ひらの・ひろひこ)
⼀般社団法⼈⽇本⽼年⻭科医学会理事⻑、東京都健康長寿医療センター歯科口腔外科部長および同センター研究所自立促進と精神保健研究チーム研究部長。1990年、日本大学松戸歯学部卒業後より一貫して老年歯科学を専門に臨床や研究を行う高齢者歯科分野のスペシャリストであり、オーラルフレイル研究の第一人者。
食べるを支える最先端〜ある歯科医師の挑戦~
「多職種連携」で高齢患者さんに寄り添う
高齢化が加速する日本で、「食べる力」を守り続ける最前線に立つのが、東京都健康長寿医療センターの平野浩彦歯科医師です。本施設は、病院と研究所を備えた老年医学の中核機関。平野先生は歯科口腔外科部長兼研究所研究部長として、日々臨床と研究の双方から患者さんと向き合っています。
ドキュメンタリーは、認知症の患者さん一人ひとりに声をかけ、丁寧に診察を進める平野先生の日常からはじまります。記憶保持が難しい患者さんに何度もやさしく説明を繰り返す姿に、弱い立場の人に寄り添う平野先生の人柄がにじみます。診察する患者さんの平均年齢は80歳以上。難しい疾患や認知症患者さんの割合が高く、複数の疾患を持つ認知症患者さんも少なくありません。そうした複合疾患患者さんに対しては、複数の専門医や専門職が多角的に診察・治療にあたり、「多職種連携」が日常的に実践されています。

臨床での葛藤が「食べるを支える」研究に
カメラは、入院中の終末期にある患者さんの姿も捉えます。「食べたい」という切実な願いを持ち続けながらも、誤嚥性肺炎を繰り返してしまう患者さん。誤嚥性肺炎とは、飲み込む力が衰え、食べ物や飲み物が気管に入ってしまって起きる肺炎のことをいいます。患者さんの『残りの人生をより有意義にしたい』という思いと、窒息や肺炎を起こすリスク。人生の尊厳と医学的な妥当性という相反する二つのはざまで、平野先生は長年悩んできました。その葛藤こそが、研究者としての平野先生を突き動かしています。
5年以上にわたり蓄積された2万7000人分を超える膨大な研究データから、オーラルフレイル(口のささいな衰え)が心身機能や健康寿命に与える影響を分析してきた平野先生。驚くことに、オーラルフレイルのある人の4年後の死亡率は、そうでない人の2倍以上に上るといいます。その研究成果により、2018年、厚生労働省は新たに「口腔機能低下症」という病名を認め、保険適用となりました。

現在、平野先生は噛む力を正確に測定する機器の開発に携わるほか、日本老年歯科医学会の理事長を務め、老年歯科医学の発展と啓発、人材育成にも取り組んでいます。また、国内外の学会では、最後までおいしく食べられる口腔機能をいかに守り続けるか、食べる力のメカニズムの解明に挑み続け、その最先端の知見に今、世界が注目しています。


