「正しい咀嚼」が、子どもの口腔機能を正しく発達させる

近年、子どもの歯並びに関心の高い親が増えていますが、歯並びが悪くなるのは「正しい咀嚼」が出来ていないことが原因の一つだといわれています。でも、実は、大人でも約半分の人が、「正しい咀嚼」が出来ていないと、葛西一貴先生は指摘します。今回は、歯並びだけでなく、口周りの発達に大きな影響を与える「正しい咀嚼」について、歯科矯正学の専門医である葛西一貴先生にお話いただきました。

子どもの歯並びと咀嚼にはどのような関係性があるのでしょうか?

1980年代は口腔の衛生意識があまり行き渡っておらず、甘い物を食べる子どもたちに虫歯が多く、早い時期にむし歯で乳歯がなくなってしまうことによる歯並びの悪化(不正咬合)が多く見られました。1990年代以降、歯科衛生の意識が高くなって子どものむし歯は少なくなったのですが、食事が軟らかくなったことで、あごの骨があまり成長せず、歯並びが悪くなると騒がれ始めました。
調査データや、診療や研究で長年子供の歯をみてきた実感として、10年ほど前から、「発育空隙(はついくくうげき)」など歯の隙間のない状態の子どもが増えています。「発育空隙」は、乳歯から永久歯へスムーズに生え替わるために、あごの骨の成長に合わせて乳歯の歯並びに隙間ができるものです。永久歯は乳歯より大きいですから、このスペースがないと、きれいな歯並びで永久歯に生え替わることができません。必要な時期に咀嚼などの必要な刺激を受けないと、あごの骨や歯列(歯並び)が成長せず、「発育空隙」ができなくなってしまいます。口腔の発育や発達には、幼少期から「正しい咀嚼」を学んで身につけ、成長に応じた刺激をしっかり与えることが重要なのです。

「正しい咀嚼」方法について教えていただけますか?

「正しい咀嚼」は、前歯で食べ物を噛み切り、口を閉じて、舌で食べ物を徐々に口の奥に移動させながら、左右両方の歯をバランスよく使い、奥歯で噛んですり潰して飲み込むという一連の咀嚼運動です。特に、あごを左右に動かして奥歯ですりつぶすグラインディングタイプの咀嚼運動は、あごの骨の発達にも深く関わります。咀嚼、嚥下、発音などの口腔機能はすべて、小さい頃に学習し身につきます。幼稚園のレベルから「正しい咀嚼」が出来ていないと、口周りの筋肉が発達せず、よく「お口ポカン」と言われるように常に口が開いてしまい、舌の位置が下がります。また、上あごの骨の成長不足や舌側(内側)に歯が傾斜してしまい、歯並びに悪影響を与えます。

歯並び以外にも、影響が出る症状はありますか?

歯並びが悪いと、むし歯や歯周病になりやすいです。他にも、先ほど述べたように舌の位置が落ちて口呼吸をする「お口ポカン」、いびき、姿勢の悪さ、滑舌の悪さなど、さまざまな問題につながります。
見た目で言うと、あごの骨の成長が下方向に伸びていき、口の筋力が弱いので歯の並びが狭くなり、全体として面長な顔になります。ただし、歯並びが悪いことや「お口ポカン」などの症状は、結果論。原因は、「正しい咀嚼」機能ができあがっていないことです。根本原因を改善しなければ、歯科矯正をしてもこれら症状がまた発生します。

「正しい咀嚼」をするために、どんな対策がありますか?

まずは、幼稚園に入るような小さい頃から「正しい咀嚼」を意識して学ばせることです。子ども達は、正しい方法を教わればすぐに学びます。最近は何でも食べやすく柔らかくしてしまう軟食化の傾向がありますが、硬い食品や軟らかい食品、何でも好き嫌いせず満遍なく食べることが大切です。シンプルなことですが、「正しい咀嚼」をするための運動機能を正常化する、対策はこれに尽きます。咀嚼する時には、口を閉じる。それを守るだけでも、口輪筋、咀嚼筋、舌が正しく動きます。また、「正しい咀嚼」を身につけるトレーニングツールとしてガムを噛むこともお勧めです。ガムを噛んでトレーニングする際も、口を閉じ、左右でバランスよく、奥歯でしっかり噛むことが重要です。
子どもだけでなく、「正しい咀嚼」ができていない・自覚のない親御さんも多いので、一緒に歯科を受診して「正しい咀嚼」を学ぶと良いですね。子どもの頃から口腔機能が発達しないと、年齢を重ねた時に衰えやすくなり、噛む力の低下や嚥下障害、入れ歯につながります。口腔の健康は、生涯を通じてずっとつながっています。この記事をきっかけに、子どもも大人も、「正しい咀嚼」を学ぶきっかけになさってください。

葛西 一貴(かさい・かずたか)先生

歯科医師・歯学博士
日本大学 松戸歯学部 特任教授
日本矯正歯科学会 指導医、認定医
日本歯科医学教育学会 名誉会員(元副理事長)

1955年生まれ。日本大学松戸歯学部卒業後、大学院松戸歯学研究科にて歯科矯正学を専攻。成長発育、とくに下顎骨の機能形態学を研究領域としている。解剖学者でもあり人類学者でもある尾崎公教授ならびに金澤栄作教授からご指導を受けた関係で、遺伝人類学(双生児研究)を学ぶため、オーストラリア アデレード大学歯学部に留学。歯科矯正学では、指導教授の岩澤忠正教授のもとでTweed法を学び、アリゾナ州ツーソンにあるTweed foundationでコースを受講した。その後Tweed法の力学解析から日本人の特徴を考慮した手法を考案。研究面ではCTによる下顎骨の機能形態学的観察から歯の植立と咀嚼機能について研究し、咀嚼改善による叢生予防について発表。また、広島市立大学との共同研究により音声分析による舌位・舌癖判定装置を考案。論文・著書多数。
現在は医療系大学間共用試験実施評価機構歯学系OSCE実施管理委員会委員長。