4週間の「お口のエクササイズ」が、高齢者の口腔機能を改善!

監修:濵 洋平(はま・ようへい)
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 高齢者歯科学 助教

最近の研究から、高齢者の口腔機能の低下と身体的虚弱(フレイル)や認知機能低下との関係性が明らかになっています。口腔機能を維持・改善させるために、口腔トレーニングやガム咀嚼が取り入れられています。今回は、高齢者を対象に4週間「お口のエクササイズ」を実施し、口腔機能が改善した研究結果をご紹介します。

■口腔トレーニングが高齢者の口腔機能に与える影響

世界的に高齢者人口が増加している現在、より健康寿命を伸ばす取り組みが期待されています。最近のさまざまな研究から、高齢者の口腔機能の低下と身体的虚弱(フレイル)や認知機能低下との関係性が明らかになってきました。高齢者の口腔機能を維持し改善させるために、口腔トレーニングやガム咀嚼が取り入れられており、健康寿命を伸ばすことにつながると考えられます。
そこで今回は、高齢者を対象に4週間ガム咀嚼を含めた口腔トレーニングプログラム「お口のエクササイズ」を実施し、口腔機能に与える影響を調べました。

「お口のエクササイズ」研究概要

参加者数:合計64名
(A)「お口のエクササイズ」を行うグループ29名 (B)行わないグループ35名

年齢:60歳代以上の男女 (A)平均85.1歳 (B)平均80.6歳

試験期間:4週間

試験方法:(A)のグループが1日3回「お口のエクササイズ」を実施。何もしなかった(B)のグループとの結果比較を行う。

調査:口腔機能:咬合力・咬合接触面積(デンタルプレスケールⅡ)、咀嚼能力(咀嚼チェックガム)、口腔湿潤度(ムーカス)、唾液分泌量(吐唾法)、嚥下機能(嚥下スクリーニング質問紙)、舌圧、舌口唇運動機能、食品摂取能力(平井式摂取可能食品アンケート)、口腔診査などを実施。

■「お口のエクササイズ」を4週間・1日3回実施

調査対象が実施した「お口のエクササイズ」のうちの1種「ガム噛みエクササイズ」

調査対象の(A)グループは、1日3回、以下の3つを1セットとした「お口のエクササイズ」を4週間実施しました。

  1. 唇と口まわりのエクササイズ(2種)
  2. 舌のエクササイズ(3種)
  3. ガム噛みエクササイズ

このエクササイズは、「口を閉じる」「舌を動かす」「噛む」「飲み込む」など、食事の際に必要な筋力を総合的に鍛えるものです。

「噛むこと研究室」サイトでは、「お口のエクササイズ」についてのパンフレットや記事を紹介しています。

→「お口のエクササイズ」パンフレット(PDF)

→オーラルフレイルを予防するために。食べるチカラを維持しよう!

■4週間の「お口のエクササイズ」実施により、高齢者の口腔機能が改善!

結果、「お口のエクササイズ」を実施した(A)グループは、咀嚼能力、咀嚼スコア、舌圧の改善が認められました。

咀嚼能力は、客観的機能指標であるキシリトール咀嚼チェックガム、主観的機能指標である咀嚼スコアの両方で、「お口のエクササイズ」を実施した(A)グループが改善しました。

咀嚼能力の低下は、高齢者の平衡機能(体のバランスを保ち転倒の可能性を抑える機能)や認知機能の低下につながることが報告されています。咀嚼能力の低下が認知機能の低下につながる要因は、脳血流の低下や栄養状態の悪化などが考えられます。「お口のエクササイズ」によって咀嚼能力が改善すれば、認知機能へのよい効果が期待されます。

舌圧は、舌が食べ物を押しつぶす力の測定です。「お口のエクササイズ」により舌圧の改善が認められました。「お口のエクササイズ」によって舌の筋肉をよく動かしたことで、舌を押し上げる力が改善したと考えられます。
舌圧が低下すると、食事中のむせや、嚥下機能低下が誤嚥性肺炎を引き起こす場合があります。2019年の誤嚥性肺炎による死亡者数は4万人 ※ を超え、日本人の死亡原因第6位となっています。今後の長期的な調査が必要ですが、「お口のエクササイズ」を習慣付けることで誤嚥予防も大いに期待されます。

※厚生労働省 令和元年(2019)人口動態統計月報年計(概数)による。

■長期的な「お口のエクササイズ」実施による、さらなる波及効果に期待

高齢者に対する4週間の「お口のエクササイズ」実施によって、咀嚼能力や舌圧を含む口腔機能が改善されることがわかりました。
先行研究では、口腔機能トレーニングを3ヵ月間実施したことで、1ヵ月、2ヵ月時よりもトレーニング効果の増強が認められました。
トレーニングの長期継続は、途中離脱する人の増加や実施率の低下が懸念されますが、健康寿命を伸ばすための取り組みであることを高齢者自身に周知して理解いただければ、口腔機能トレーニングへの意識向上も期待できます。
今後は、「お口のエクササイズ」の実施拡大と長期実施によって、口腔機能に加えて身体機能や認知機能への詳細な検証を行っていきたいと考えています。

濵先生のポイント解説!

お口の機能を健全に保つことは、体の元気にもつながります。ウォーキングやスイミングなど体のトレーニングは習慣化していても、お口のトレーニングを取り入れている人はまだ少ないのではないでしょうか。お口の機能もトレーニング、リハビリをすることで維持改善することが可能です。今回紹介したトレーニングは、ガムを噛んで楽しみながら実践することができ、咀嚼能力や舌圧を改善させることができることが示されました。キシリトールが配合されているチューインガムは、むし歯の原因となる酸を作らないものも多いです。むしろガムを咀嚼することは唾液分泌を促進し、高齢期のむし歯予防に役立つと考えられます。楽しく美味しく食事ができるよう口腔機能・環境を保つとともに、いつまでも元気に過ごせるよう、ぜひこのトレーニングをご活用ください。

出典:「高齢者のお口のエクササイズ実施による口腔機能への影響」薬理と治療:50(9);1597-1603(2022) .

濵 洋平(はま・ようへい)

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 高齢者歯科学 助教
(2023年7月現在)

2008年 東京医科歯科大学 歯学部歯学科を卒業し、2013年 同大学大学院 博士課程修了。2019年より現職。大学院生より咀嚼能力評価に関する研究に従事し、現在は口腔機能と介護予防の関連について研究をしている。