口の中のケアが生涯健康への第一歩

よく噛むことにはさまざまなチカラがあります。その一つとして、唾液の分泌を促して口の中を清潔に保ち、消化を助けて栄養を摂取しやすくし、さらに脳の活性化にもつながるなど好影響を与えるといわれています。
日本咀嚼学会理事長で東京医科歯科大学の水口俊介教授は、専門とする高齢者歯科学分野の観点から、高齢期におけるクオリティー・オブ・ライフ(生活の質)を保つうえで、噛めることが大事だと指摘します。

口の中への関心の低さが引き金

水口教授も注目する、興味深い調査報告が2014年3月、国立長寿医療研究センターから発表されました。調査チームは、食と口腔機能に着目し、歯科においては要介護に至るまでに4つの段階があることを示しました。
文献調査を通じてまとめた内容が、「前フレイル期」「オーラル・フレイル期」「サルコ・ロコモ期」「フレイル期」を経て、要介護に至る道筋です。フレイルは「虚弱」を意味します。
まず、前フレイル期は、口の中に注意を払わなくなり、次第に歯周病やむし歯で歯の本数が減る兆候が見られようになります。口の中への関心の低さは、社会性が低下し始めているともいえます。次の、オーラル・フレイル期では、噛む力が弱まり始め、食べこぼしや噛めない食品が増えていくのが特徴です。
噛む力がはっきりと弱まるのがサルコ・ロコモ期で、サルコペニア(筋肉量の減少)やロコモティブシンドローム(運動器症候群)など筋肉の衰えも現れます。そして、最後の段階がフレイル期。摂食嚥下障害や咀嚼機能不全が起こり、徐々に介護が必要な状態になるのです。しかし元をたどれば、最初は口の中への関心の低さが原因。ケアを心掛ければむし歯予防になり、きちんと噛めることにつながります。

80歳になっても自分の歯で噛む

できれば介護を必要とせずに、生涯健康でいたいものです。そこで大切なのが、若い頃から口の中のケアを怠らないこと。水口教授も「食後の歯磨きが大切」と話します。
「子どもの頃に毎日歯を磨く習慣を身に着けても、働き出してからはつい忘れてしまう日がありませんか? 残業や人との付き合いで帰りが遅くなると、すぐにでも寝たい気持ちも分かりますが、むし歯予防のために、まずは歯磨きを。そうすれば治療で歯を削ったり抜いたりする必要がなくなります。将来も自分の歯で噛めるのです」
日本歯科医師会では、80歳で20本の歯を保つことを目標とする「8020運動」を推進しています。20本の歯があれば、歯の噛み合わせと咀嚼機能を保持できるのです。高齢期によく噛めれば、栄養を摂取しやすくなり、心と体の充実につながります。意欲も湧き、人とのコミュニケーションも苦にならず、生き生きと過ごせるはずです。
歯を失っても、入れ歯やインプラント(人工歯根)治療で補うこともできますが、やはり自分の歯に勝るものはありません。「注意したいのは、固いものを噛み過ぎないこと。歯が割れると、ほぼ確実に抜歯となり、取り返しがつかないことに。適切な咀嚼を心掛けてほしいですね」と水口教授。歯を大切に、生涯健康を目指しましょう。

水口 俊介(みなくち・しゅんすけ)

東京医科歯科大学
大学院 医歯学総合研究科
高齢者歯科学分野教授 
歯学博士

1983年東京医科歯科大学歯学部歯学科卒業後、1987年同大学大学院歯学研究科を修了し、1989年同大学歯学部高齢者歯科学講座助手を務める。2005年に同大学大学院医歯学総合研究科高齢者歯科学分野助教授、2008年に全部床義歯補綴学分野教授、2013年に高齢者歯科学分野教授。日本補綴歯科学会理事。専門医制度委員会委員長。2015年には日本咀嚼学会の理事長に就任した。



ロッテ 季刊広報誌「Shall we Lotte」より