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2020年にマルタが発行した“伝統的なお菓子”の切手。“村のビスケット”を取り上げた30セント切手(上)、“ゴマのリングビスケット”を取り上げた59セント切手(下左)、“ココナッツ・ラミントン”を取り上げた1ユーロ25セント切手(下右)の3種セットで発行された。

地中海のほぼ中央に位置するマルタ島は、アフリカ大陸にも近いため、すでに紀元前4000年以上前から人々が定住し、地中海の交通・貿易の中継地点となっていました。紀元前1000年頃にはフェニキア人が渡来し、その後、カルタゴ、ローマ、アラブ人、スペインの支配を経て、1530年、聖ヨハネ騎士団(後のマルタ騎士団)の所領となります。さらに、1795年、エジプト遠征に向かうナポレオン・ボナパルトの軍隊に占領されましたが、間もなくイギリスがフランス軍を追い出し、ナポレオン戦争の終了後、イギリスの領土となりました。

第二次大戦後は独立運動が本格化し、1964年9月21日、英連邦王国自治領マルタ国として独立。1974年には英連邦加盟のマルタ共和国となり、現在に至っています。

このように、さまざまな勢力が行き交った土地柄を反映して、マルタでは豊かな食文化が形成されてきました。その一端を広く内外に紹介するため、2020年7月9日、マルタ郵政は“マルタの伝統料理(お菓子)”の切手を発行しました。

切手は3種類セットで発行されましたが、そのうち、30セント切手に取り上げられたのが、“村のビスケット(マルタ語でBiskuttini tar-Rahal)”です。このクッキーは、クローヴ、キャラウェイシード、アニスシードを含むさまざまなスパイスを調合した粉で作られる焼菓子です。丸い形に渦巻き文様のアイシングが施されているのが特徴で、切手に取り上げられているビスケットはピンクと白のアイシングですが、このほか、青色のアイシングのものも定番です。

人口の98%がカトリックというマルタでは、子どもは物心つかないうちに教会で洗礼を受けるのが一般的で、洗礼の当日には、親類縁者が集まって洗礼式のお祝いが行われます。“村のビスケット”はその際に、お茶と一緒に出されることが多いそうです。

続いて、59セント切手には、“ゴマのリングビスケット(マルタ語でQaghaq tal-Gunglien)”が取り上げられました。こちらは、ゴマを散らしたリング状のビスケットですが、レモンもしくはオレンジの皮とゴマを配合した粉で作られています。柑橘系果物の多い地中海ならではの焼き菓子ですね。

そして、最高額の1ユーロ25セント切手に取り上げられているのは、“ココナッツ・ラミントン(マルタ語でPasta Roza bil-Gewz tal-Indi)”です。

オーストラリアからもたらされたお菓子

ラミントンというのは、もともと、 四角く切ったスポンジケーキをチョコレートソースでコーティングし、乾燥ココナッツをまぶしたお菓子です。もともとは、1896-1901年にオーストラリア・クイーンズランド州総督を務めたラミントン卿のシェフが考案したのが名前の由来ともいわれています。

第一次大戦中の1915年4月25日、今のトルコ北西部、ダーダネルス海峡北岸のガリポリ半島に展開するオスマン帝国軍戦線を突破するため、英本国の部隊とともに、ANZAC(オーストラリア・ニュージーランド軍団)が半島南端に上陸しました。オスマン帝国側の激しい抵抗にあい、英本国軍とANZACは1916年1月9日にはガリポリ半島から撤退せざるを得なくなりましたが、この間、マルタ島はANZACの補給基地となり、多くのオーストラリア兵が滞在しました。この時のオーストラリア兵との交流を通じて、マルタにもラミントンが初めてもたらされます。

このように、マルタにとってラミントンはもともと外来のお菓子でしたが、次第にマルタ風にアレンジされ定着し、現在ではマルタの“伝統菓子”として切手にも取り上げられるほどになりました。

マルタの“ココナッツ・ラミントン”は、オーストラリア式にスポンジケーキをチョコレート・コーティングしてココナッツをまぶすのではなく、バニラケーキもしくはバターケーキをイチゴ・シロップに漬けてココナッツをまぶしています。

ちなみに、ラミントン卿はラミントンを口にして「ひどいぼさぼさした羊毛のようなビスケット」との感想を漏らしたそうですが、マルタのラミントンはシロップに漬け込むという製法のためしっとりした食感になっているのが特色です。

内藤陽介(ないとう・ようすけ)
郵便学者。切手をはじめ郵便資料から国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し、研究・著作活動を続ける。著書に『日の本切手 美女かるた』(日本郵趣出版)、『みんな大好き陰謀論』(ビジネス社)、『日本人に忘れられたガダルカナル島の近現代史』(扶桑社)など多数。
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