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ボンボリーノ 〔エチオピア・アディスアベバ〕
ボンボリーノを持つ現地の人たち
エチオピア・アディスアベバ

私はこれまで50カ国近く旅したが、唯一郷土菓子にほとんど出合えない国があった。アフリカ大陸のエチオピアだ。日本ではコーヒーの産地としてよく知られている。それもそのはず、コーヒーの発祥はエチオピアなのだ。日本でも茶道の栄える町に菓子屋が多くあるように、コーヒー文化が根付く国でもさぞお菓子が食べられているのだろう、と甘く考えていたのが大きな間違いだった。たしかに、路上でコーヒー豆を焙煎(ばいせん)するくらいにコーヒーは日常に溶け込んでいた。しかし、肝心の郷土菓子は「ボンボリーノ」という甘味の無いドーナツをようやく発見しただけだった。

空港で売られていたボンボリーノ。直径は10センチくらい

エチオピア航空の機内にはやはりアフリカ系の乗客が多く、既に気持ちは高まっていた。

首都アディスアベバに到着。日本から計16時間のフライトで空腹だった私は、まずエチオピアの郷土料理を出すレストランを目指した。メニューには簡単な英単語が併記されている。アジアやヨーロッパだと、どのような料理かある程度見当がつくのだが、ここはアフリカ、出てくる料理がまったく想像できない。とりあえず分からないながら“ビーフ”を頼み、しばらくすると、大皿に盛られた料理がやってきた。

クレープのような薄い生地(インジェラと呼ばれる主食)の上に、 “生肉”がたっぷり載っている。日本でさえ生肉には注意が必要なのに、まさかアフリカで食べることになるとは…。頼んだことを悔やみながらも、よく噛んで黙々と口に運んだ。複雑なスパイスに浸かった生肉を、独特な香りと強い酸味があるインジェラで巻いて食べる。おいしいかどうかということより、こういう料理なのだと理解することに必死だった。初日にして早速、洗礼を受けたのだった。

「インジェラ」に載った生肉とレストランの女性

食後はコーヒーを頼んだ。店内でスタッフが炭火でコーヒー豆を焙煎しているのだ。これには、さすがコーヒー発祥の地たる所以(ゆえん)を感じた。中国茶の茶器のような小さな器に入ったコーヒーがテーブルに運ばれると、爽やかなお香と、まさかの「ポップコーン」が添えられてきた。コーヒーにポップコーン、という想像を超えた異文化。これがエチオピアのスタイルだという。お茶請けの漬物のような存在か、とその文化を受け入れようと試みてみる。しかしながらコーヒーとポップコーンは、どうしても良い組み合わせとは思えなかった。

エチオピアの定番コーヒーセット

甘いお菓子は少なくとも、甘いコーヒーが日常

エチオピアには“コーヒーセレモニー”とよばれる伝統的な慣習がある。来客にコーヒーの焙煎から提供までをもてなすもので、運良く街で知り合ったおじさんが招待してくれた。そこでは、その場で焙煎した豆を、杵と臼を使って挽くという貴重な体験をさせてもらった。

日本でエチオピアのコーヒーといえば浅煎りで華やかな味のものが多いが、現地で飲んだコーヒーはどこも深煎り。それを煮出して淹(い)れるので、とても味が濃かった。こんなにもコーヒーが盛んであるにもかかわらず、残念ながらエチオピアでは、お菓子を食べる習慣は無いに等しかった。唯一見つけたボンボリーノというドーナツは、専門店やカフェで売られていたり、路上でも少年が手売りしたりしていて、現地ではおなじみの様子だった。

コーヒーセレモニーの様子

甘さは極めて控えめで、素朴なお味。それもそのはず、材料にバターや卵は一切使わず、粉と水と砂糖とベーキングパウダーで作っているのだとお店の人が教えてくれた。食感はモソッとして生地が詰まっているため、重たい仕上がりだ。

エチオピアはアフリカの中でも標高が高く、砂糖の生産には適していない。そのため輸入に頼るしかなく、甘いお菓子自体が貴重品なのだ。その上、砂糖は国が管理、販売しており、何軒かスーパーを見て回ったが、たしかに置いている店は一軒も無かった。

しかしそんな日常の中でも、コーヒーを飲む時だけはなぜか、心置きなく砂糖を投入する。しっかり濃く淹れ、甘味を加えたコーヒーはエチオピア人にとっての日常でもあり、とても大切な存在でもあるように感じた。

左は市場のスパイス屋、右はカスカラティーとして飲むコーヒー豆の殻の路上販売

ところ変わって、イギリスのウェールズに行った時に、訪問先のおばあさんからとある話を聞いたことがある。ウェールズの郷土菓子「ウェルシュケーキ」の話だ。小麦粉・バター・卵・牛乳・砂糖を混ぜた生地をフライパンで焼いて作る小さな焼き菓子で、カレンツなどのドライフルーツが入っている。「かつてのウェルシュケーキはこんな味ではなかった」とおばあさんは教えてくれた。

戦後間もない頃は砂糖や卵は満足に使えず、バターではなく牛脂を使っていた。そのため、味は淡白であまりおいしいものではなかったそうだ。おばあさんに昔の味をもう一度食べてみたいか、と聞くと「孫の作った方がおいしいよ」と笑いながら教えてくれた。

今のエチオピアは、大半の人が甘いお菓子を楽しめる生活水準ではない。そもそも砂糖がここまで貴重という国があるとは想像もしていなかったし、実際に現地で目にした光景も、お世辞にも“裕福”とは言い難かった。しかし、この先エチオピアも豊かになると、イギリスのウェルシュケーキのように、ボンボリーノも甘いドーナツとして親しまれる日がくるのかもしれない。

林 周作(はやし・しゅうさく)
1988年京都生まれ、2008年にエコール辻大阪フランス・イタリア料理課程を卒業。世界の郷土菓子の魅力に取りつかれ、各国の郷土菓子を実際に食べ、味を伝える菓子職人に。2012年から約2年半をかけ、自転車でユーラシア大陸を横断。 2016年7月、東京・渋谷にBinowa Cafeをオープン。世界の郷土菓子を提供中。各国を訪れてはその土地の郷土菓子を調査し、その数500種以上。訪れた国は50カ国近くにのぼる。
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