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アルゼンチンが国内各地の風俗を紹介するために発行している切手のうち、2015年、バリローチェを題材に発行された1枚には、2012年のチョコレート祭りで作られた世界最大のチョコレート・エッグのイメージが描かれている。

アルゼンチンのパタゴニア地方、リオネグロ州のサン・カルロス・デ・バリローチェ(以下、バリローチェ)は、アンデス山脈の氷河湖、ナウエル・ウアピ湖畔の町です。
もともと、この地はイエズス会がパタゴニアで最初に布教活動を行った場所でしたが、20世紀初めにスイス、ドイツ、北イタリアから多くの移民たちが入植し、雪山と湖に囲まれた中にヨーロッパ風の市街地が建設されたことから、いつしか“南米のスイス”と呼ばれるようになりました。

ところで、第2次大戦中のアルゼンチンは中立を維持し、農産物をヨーロッパに輸出したことで空前の好景気に沸きました。このため、戦後、戦争で荒廃したヨーロッパからさらに多くの移民が流入しますが、バリローチェには、戦争前からの移住者たちの血筋もあって、ドイツやイタリアを中心に、戦争に敗れた枢軸側の国の人々が多く移住ないしは亡命してきます。

その中には、北イタリアのトリノで菓子パンとチョコレートの職人で菓子店を経営していたアルド・フェノーリョとその一家の姿もありました。

アルドは敗戦後のイタリア社会の混乱を嫌い、1947年、35歳でアルゼンチンへの移住を決断。最初はアルゼンチン第3の都市ロサリオに、次いでワインの産地として有名なメンドーサを拠点にしようとしましたが、どちらもなじめずにいたところ、3番目に訪れたバリローチェが故郷の北イタリアによく似た雰囲気だったことから、この地を気に入り、市内のサンマルティン通り66番地に菓子店“トロナドール”を開業しました。

時あたかも、1946年にアルゼンチンの大統領となったフアン・ペロンは、大戦中に蓄積された膨大な外貨を原資として、労働組合の保護や労働者の待遇改善(週48時間制と年間13ヵ月分の給与支給など)に力を入れ、妻のエバ・ペロン(映画やミュージカルで有名な“エビータ”です)が夫の指示を受けて、与党・正義党への支持を拡大すべく、党の婦人部門を組織して女性参政権の導入に尽力したほか、慈善団体エバ・ペロン財団を設立し、ミシン、毛布、食糧の配布など、貧困者の優遇政策に努め、労働者階級の絶大な支持を受けていました。その一環として、ペロン政権は新たな雇用とビジネスを創出し、あわせて労働者への福利厚生を充実させるため、観光業を奨励。バリローチェも“南米のスイス”として大々的に宣伝されたことで観光客の数も激増します。

そんな中、トロナドールのチョコレートは、トリノ仕込みの本格的な技法に加え、地元アルゼンチンの人たちにあわせた甘みを強調した味付けで人気を集め、すぐに、手ごろな値段でちょっとしたぜいたくを味わえる観光土産の定番商品となりました。その結果、1950年。アルドの店は、バリローチェのメインストリート、ミトレ通り252番地にも進出。ペロン大統領は1955年にクーデターで失脚しますが、その後も、アルドの店は繁盛を続けました。

1960年代になると、アルドの義兄弟(妻のイネス・セッコの弟)がバリローチェに移住し、ミトレ通りにチョコレート店“デル・トゥリスタ”を開業。デル・トゥリスタは現在ブエノスアイレスの直営店のほか、フランチャイズ店としてアルゼンチン国内に14店舗、チリにも2店舗を構えるアルゼンチンでも有数のチョコレート企業に成長しました。このほか、アルドの息子ディエゴの経営する“ラパヌイ”や、アルドの下で修業を積んだ元従業員のベンロスやフラントンの店に加え、さまざまなチョコレート店がバリローチェに集まるようになり、いつしか、バリローチェは“チョコの町”として広く知られるようになりました。

高さ8.5メートルのチョコレート・エッグ

そんなバリローチェでは、毎年、チョコレート祭りが開催されていますが、2012年4月8日のイースター(キリスト教の復活祭)にあわせて開催された祭りでは、町の職人を総動員して世界最大のイースター・エッグが作られました。完成したチョコレート・エッグは高さ8.5メートルの堂々たるもので、見事、ギネス世界記録(Guinness World Records)に認定されています。

その世界最大のチョコレート・エッグのイメージは、2015年、アルゼンチンが発行した国内各地の風俗を紹介する切手のうち、バリローチェを題材とした1枚にも取り上げられました。

時計塔のあるスイス風の建物とナウエル・ウアピ湖とアンデスの山並みという町の景観を見下ろすかのように、背後には巨大なチョコレート・エッグがそびえたっているデザインは一度見たら忘れられません。

仮に時計塔の高さが20メートル前後とすると、切手に描かれたエッグの大きさは約40メートルという感じでしょうか。これは、ウルトラマンの身長とほぼ同じです。なお、実際のギネス記録のエッグの大きさ(8.5メートル)だと、建物の3階までの高さとほぼ同じです。

また、切手の細部をよく見ると、建物の手前に見える塀も溝の入った板チョコのようにも見えます。そして、その手前のパターンもチョコレートの海で人々が泳いでいるようで、まさに“チョコレートの町”が凝縮された1枚といえましょう。

内藤陽介(ないとう・ようすけ)
郵便学者。切手をはじめ郵便資料から国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し、研究・著作活動を続ける。著書に『日の本切手 美女かるた』(日本郵趣出版)、『みんな大好き陰謀論』(ビジネス社)、『日本人に忘れられたガダルカナル島の近現代史』(扶桑社)など多数。
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