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アシュレ 〔トルコ・イスタンブール〕
アシュレとヨーグルトを手にしているお菓子屋のおじさん
トルコ・イスタンブール

訪れた人なら体験したことがあるかもしれないが、トルコではお菓子がとにかく甘い。私も旅では毎日のようにたくさんのお菓子を食べていたが、トルコ滞在中ほど“糖分”を摂取した経験はなかった。中東を代表するパイ菓子「バクラヴァ」をはじめ、揚げ菓子、クッキーまでもがシロップ漬けになっていたりする。今回はそんなトルコ共和国に伝わる「アシュレ」をご紹介したい。

甘さの起源はオスマン帝国

その甘さの源は、歴史をさかのぼると見えてくる。16世紀頃、中東エリアを中心に、東ヨーロッパ、西アジア、北アフリカ周辺を征服して世界最大の帝国へと発展していたイスラムの国であるオスマン帝国。貴重品であった砂糖はこの帝国に集まり、贅(ぜい)を尽くしたお菓子が楽しまれていたのだ。また、イスラム教の戒律により飲酒が禁じられ、社交の場が「酒場」ではなく「喫茶店」であったことも、菓子が発展した要因だろう。トルコはお菓子屋も多ければ、種類も多く、食べる量まで多い。実際に行ってみると、“お菓子大国”を体感できるはずだ。

トルコで出合ったたくさんのお菓子たち
トルコで出合ったたくさんのお菓子たち

甘さをおさえた、やわらかな味

そんな、甘ーいイメージのトルコ菓子だが、ただ“甘い”の一言では表現しきれない。現地で調べまわるとトルコでは各地に郷土菓子が存在し、奥深い世界が広がっていた。そのひとつに、「アシュレ」という菓子がある。麦、米、豆、フルーツ、ナッツ、砂糖、はちみつ、など41種類もの材料を鍋に入れ、とろみが出て食材が柔らかく食べごろになるまで鍋で炊いて作る、お汁粉(しるこ)のような菓子だ。現地ではイスラム暦の1月10日「アシュレの日」に食べられる。別名"Noah's pudding"(ノアの方舟〔はこぶね〕プディング)と呼ばれ、ノアの方舟がトルコ東部に位置するアララト山に漂着した後、方舟に詰め込んだ食料で作ったのがアシュレの始まりだと言われている。

アシュレと41種類の材料
アシュレと41種類の材料

初めて食べたのは、イスタンブールのとあるお菓子屋だった。冷蔵ケースに奇麗に積み上げられた容器にアシュレが詰まっていた。当時、聞いたことも見たこともなかったが、それがトルコの郷土菓子と聞くと、興味本位に食べてみたくなった。見た目は素朴なお汁粉のようではあるが、上面はナッツやフルーツなどで彩られている。一口食べてみると、それまでの砂糖のガツンとした甘さとは一転して、穀物やフルーツの柔らかな味に驚かされた。ホクッと崩れる白いんげん豆や、プチッとはじける玄小麦、そしてザクロの酸味が味を引き締めている。初めて食べたのに、不思議と、どこか懐かしさを覚えてしまうような優しい味だった。他の店で食べ比べたくなるほどのおいしさで、すっかりこのアシュレに魅了されてしまった。

お菓子屋にもアシュレが並ぶ
お菓子屋にもアシュレが並ぶ

今も伝わるおすそ分け文化

3カ月のトルコ滞在期間中、民泊先で知り合った方に紹介された女性からアシュレの作り方を教えてもらえる機会があった。アシュレの日が近くなると、日本の七草がゆのように、スーパーに41種類の材料がセットになった「アシュレキット」が販売されるそう。ところが、その日は通常の日だったため、一つ一つ準備してくれた。どうしても、本来の食材を使ったレシピでアシュレを作ってみたかったのだ。材料となったのは大小様々な豆、麦や米などの穀物、スパイスにハーブ、フルーツなど。水まで含めてちょうど41種類となった。

トルコには“1杯のコーヒーにも40年の思い出”ということわざがある。“1杯のコーヒーだけでも、その親切は長年思い出として残る”という意味だ。このようにトルコで“40”は、かなり大きな数を意味する代名詞とされている。つまり、41種類というと“それ以上”を表すのだ。とはいえ、ゴマを一粒入れる様子には少し笑ってしまった。「味には影響しない、でも41種類ということに意味があるんだ」と教えてくれた。準備から完成まで2日かけて手作りしたアシュレは、店で食べたものよりも、よりおいしく感じられた。

完成品と調理中のアシュレ。作り方を教えてくれた女性(なぜかバスローブにコック帽)
完成品と調理中のアシュレ。作り方を教えてくれた女性(なぜかバスローブにコック帽)

トルコにはアシュレの日になると、各家庭でアシュレを作って、近所へ分けてまわるという習慣がある。数日間滞在した先の学生たちは、郵便受けに“アシュレ希望”と貼り紙をすると言っていた。そうして他の部屋からの手作りアシュレを募ると、実際に集まるそうだ。私が作り方を教わって作った時も、それを聞きつけたご近所さんが、本当に器を持ってやってきたのには驚いた。今では少なくなったが、日本の作り過ぎたおかずのおすそ分け文化のような“アシュレのおすそ分け”も良い体験だった。

アシュレを分けた隣人たち
アシュレを分けた隣人たち
林 周作(はやし・しゅうさく)
1988年京都生まれ、2008年にエコール辻大阪フランス・イタリア料理課程を卒業。世界の郷土菓子の魅力に取りつかれ、各国の郷土菓子を実際に食べ、味を伝える菓子職人に。2012年から約2年半をかけ、自転車でユーラシア大陸を横断。 2016年7月、東京・渋谷にBinowa Cafeをオープン。世界の郷土菓子を提供中。各国を訪れてはその土地の郷土菓子を調査し、その数500種以上。訪れた国は50カ国近くにのぼる。
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