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阿川佐和子さん

エッセイスト、小説家、インタビュアー、女優と、様々な顔を持つ阿川佐和子さん。ベストセラー本『聞く力』の著者であり、聞き手の名手として知られていますが、話術にも長けた方。阿川さんの軽妙な語り口と説得力ある言葉に引き込まれ、気がつけば1時間半にも及ぶロングインタビューに。盛りだくさんのお話をお届けする今回は後編。

自分に決まりごとは作らない

——多岐にわたって活躍されている阿川さんですが、テレビドラマやCMでは演技も披露されていらっしゃいます。

すみません、のぞき見趣味があるんですよ(笑)。

——好奇心旺盛なのですか?

面白いことや楽しいことを見つけるのが好きなだけで好奇心旺盛だとは思いません。だって、「この役を演じてみたい!」なんて思ったことはまったくないですし。「この役どうですか?」とお声をかけていただくことで、「え?女優?」「どんな役?」って思うの(笑)。「なんで私?」「なんでこの役を私に?」という興味が湧くので、先方には「なぜ私?」と必ず聞きます。恋人に「私のどこを愛しているの?」と聞くのと同じ(笑)。すると、「朝、阿川さんをテレビで見ていて、ぴったりかなと思ったんです」とか言ってくださるので、ありがたいな~と思って図に乗ってしまうんです。

ただ、自分に決まりごとは作らないほうだとは思います。最近、「私はこういう人間なので」と先に表明する方が多い気がするのですが、私は自分のことをよくわかっていないのか、できることとできないことの境界線があまりない。どんなこともやるしかない家庭で育ったからでしょうか。父が専制君主だったので。例えば、「ゴキブリを始末しろ!」と言われたら「怖いから無理!」と逃げることは許されないし、「明日までこれをやれ!」と言われれば、やらざるをえない。やらないとこっぴどく怒られる環境に育つと、「私にはできない」とか「嫌い」とか言っている暇がない。

——言っている場合じゃないんですね、目の前のことを片付けることが先だから。

そう、やらないと生き残れない。

小学校1~2年生の頃かな、明日までに、工作用のモールを準備しておく必要があったことを母に言い忘れ、夕方気づいたんです。そしたら父が「おまえが言わなかったのが悪いんだから自分で買ってこい」と。一人で歩いてバスに乗って商店街に買いに行きましたよ(笑)。一人でバスに乗ったのは初めてのことで、もう大冒険。日が暮れかけていて、どのバスに乗ればいいのかもわからないし、商店街がどこにあるのかもわからない。何とか買って帰れたけど、それ以降、しばらくは夕方の時間が怖くて仕方なかったです。

畑違いの仕事もお引き受けしてしまうのは、こういう環境で育ったことも多少は関係しているかもしれません。

——できなかったらどうしようという不安はないですか?

不安はありますよ。でも、やってみてできなかったらしょうがない。もちろん、いただく仕事すべてをお引き受けするわけではないですが、受注産業に入っちゃった以上、日銭は自分で稼がなければいけない、みたいな?(笑)

女優の仕事を受けた理由はもう一つあって、インタビューや執筆の仕事は、先ほど(前編)申し上げたように基本は一人での闘い。ゲストに向き合うときも一人だし、パソコンに向き合うときも一人です。対して女優の仕事はチームプレー。撮影現場にはキャスト以外にも、それぞれの役割のスタッフがいて、〝職人〟として自分の持ち場での責任を全うしている。心の中では、腹減ったな、とか、眠いな、とか思っているかもしれませんよ(笑)。でも、一つの作品をいいものにするために、全員が持ち場で闘っている。照明係、道具係、音声さんだけじゃなく、キャストに水を届けるために走っている人、おいしいお弁当を手配してくれている人、日陰に休む場所を設置してくれている人……そんなふうに闘っている姿を見るのが楽しい。ここで私が足を引っ張ったらまずいなというプレッシャーはありつつも、本来の自分の職場とは違う景色を見られることに感動があるのだと思います。

長女だけど末っ子気質

——様々なお仕事にチャレンジする一方で、対談やテレビ番組の進行役など、長く続けているお仕事もあります。『週刊文春』の連載対談「阿川佐和子のこの人に会いたい」は、来年で30年! 秘訣(ひけつ)は何でしょうか?

そろそろ交代させられるんじゃないかと思っているんですけどね(笑)。

答えになっているかわからないけれど、私が常に思っているのは、読者に、(ゲストのことを)知らない人だけど読んでみようかな、知らない人だったけど面白かったな、と思ってもらえるような説得力ある対談にしなければ、ということ。誰もが知る有名人がゲストの場合はなおさらで、読者に面白かったと思ってもらうには、どの記事にも書いてあるような話を聞いてもダメで。だから事前にインタビュー記事などゲストの資料はできる限り目を通すのですが、とはいえ、どの媒体にも載っている話であれば、ゲストの人生において重要である可能性も高い。とすれば、ほかの媒体よりも面白く聞かなくちゃいけない、というふうに考えるわけです。

聞き手である私がゲストの前でウキウキしちゃったらまずいとは思うのですが、時には、調子に乗っちゃったインタビューが読み物として面白くなることもある。つまり、内容よりもその〝丁々発止〟が面白い対談っていうのもありますし、逆にものすごくぎこちなく聞くことで、難しい話を引き出せる場合もあります。いずれにしても、読者が「面白い」と思える対談にすることが第一。聞き手とゲスト、出会った人間同士が面白がっているだけでは読者から逃げられちゃうだろうな、という意識は強く持ち続けています。

——テレビ番組『ビートたけしのTVタックル』には、20年以上レギュラー出演されています。ゲスト間で議論が白熱し、険悪な雰囲気になることもあります。進行役は大変そうです(笑)。

闘ってくださるのは有難いのよ。ただ、TVタックルは基本、バラエティー番組ですから、ずっと険悪ムードというわけにはいかないと思っています。例えば、先日の収録は物価高がテーマだったのですが、企業が給料を上げていかないと、物価高に対応できないという話になって。大竹まことさんが、今や一般家庭は夕食の品数を減らさなきゃいけない事態になっている、それでは体が壊れるとお話しされたので、私が「一汁一菜がいいんじゃないですか」と言ったんです。そしたら、「おまえみたいな年寄りはいいだろうけど、若者は体が壊れるぞ」と。それでも「やっぱり一汁一菜が……」とブツブツ言っていたら、どっと笑いが生まれて。だって健康にいいじゃない?(笑)

——確かに(笑)。本心からそう思われたのですね。

思った言葉がつい出ちゃうんです(笑)。

——阿川さんのひと言で場の雰囲気がガラリと変わることも多いと思うのですが、狙った上でのことではない、と?

狙ったり図ったりしないわけではないのですが、そもそもお笑い芸人じゃないし。ただ〝お笑いバラエティー〟のようなTVタックルに長く出演させていただいていることで、番組の遺伝子みたいなものが染みこんでいる気はしますね。

TVタックルはビートたけしさんがメインですから、たけしさんがその場にいることで、例えばゲストが全員政治家だったとしてもNHKの日曜討論とは違う空気が生まれるんですね。ずいぶん前ですが、天下りをテーマにした収録では、「これは由々しき問題だ」とか「是正しなきゃいけない」とか、みんなで散々天下りについて批判的な話をした最後に、たけしさんが、「いや、でもさ、天下りしませんか?と言われたらやっちゃうよね」と、おっしゃった(笑)。つまり、いい思いができない人間はいい思いをしている人を批判するけれど、万が一、自分に天下りの話が舞い込んだら、天下りしないだろうか、と。人間の本質ってそういうところにあるのではないか、とたけしさんが投げかけたわけです。

世の中、そんなに品行方正な人ばかりで構成されてないし、そういう人にもそういう人の事情があったりする。それをいいことだとは言わないけれども、声高に批判するだけでは勘違いを引き起こす危険もはらんでいる。だからこそ「そういうこともあるよね?」と面白がりながら伝える空気がTVタックルの中にある。それがTVタックルの遺伝子というのかな、私が心地よいと思っている部分なので、そういう姿勢でいようと心がけています。

——仕事では周囲に目配りしながら進行役を務めることも多い阿川さんですが、プライベートではどんな立ち位置なのですか?

2歳上の兄と年の離れた弟が2人いる私は、家族構成のなかでは長女。ところが仕事を始めてから、度々「阿川さんは一人っ子ですか?」と言われるんです。私だって弟のおしめも替えたし、「残さず食べる!」と叱りつけたりもしたので、一人っ子と言われることに納得していなかった(笑)。ただ、父があまりにも怖かったから、弟が生まれる8歳までは兄がずっと防波堤になってくれていた。その話をある方にしたら、「8歳まで一番下だったのなら、末っ子みたいなもんだ」と言われ、なるほどなぁと。末っ子気質みたいなものが残っちゃったんでしょうね。下を指導して、引っ張ってあげよう、なんて気持ちはまったくない(笑)。それよりも、上から指導されて引っ張ってもらいたい欲求のほうが大きい。私が馬鹿をやって、「ダメだね、おまえは」と言われているほうがうれしいというかね。面白い人に会うと遊んでもらいたいのか、からかいたくなる。ずーっと小学生でいたいという気持ちがあるのかも知れません。

——ふかわりょうさんに〝ひざカックン〟(前編)をした阿川さんのことがわかってきました(笑)。

ゴルフを51歳で始めたときも、なんて楽しいんだろうと思ったのですが、それも、ゴルフ自体の面白さに加え、息子みたいな年齢のコーチに教えてもらい、「よくできましたね~」なんて褒めてもらえることがうれしくて夢中になったんだな、と(笑)。「それ、違うよ!」「あれ?どうしてだろう、あ、できた!」みたいなやりとりが好き。突っ込まれることが心地いいの(笑)。

つらいことも笑いに変える

——お菓子についても少しお聞かせください。目の前にロッテのお菓子をご用意しました。召し上がったことのあるお菓子はありますか?

アーモンドチョコはスキーに行っていた頃は必ず買って「一粒だけ」と言って全部食べていました。小梅ちゃんも好きですね。

チョコは即戦力。報道特集で白神山地を取材したとき、「ここは八甲田山か!」と思うくらい険しくて、途中で倒れてしまったのですが、スタッフがチョコを非常食として出してくれて。たった一粒食べただけで最後まで歩けたんです。残念ながら、このときのチョコがロッテのものかどうかはわかりません(笑)。

——では最後に、最近うれしかった出来事と、好きな言葉をお聞かせください。

私の年になると、周りに深刻な病気にかかる人が増えてきて、闘病中の話を聞くことも多いのですが、最近、ある人からは過酷な治療を経て根治したという話と、また別の人からは始めたばかりの治療がうまくいっているという話を聞けたんです。心からほっとしたし、うれしかったですね。

みなさん本当に前向き。なかには白血病で余命宣告されながらもハワイに行き、家族とゴルフを楽しんだ友人もいます。彼女は余命2カ月と言われながらも5年間、自分らしく生き続けた。彼女が亡くなったあと、看護師長さんがご家族に「大きな声では言えないのですが、医師の言うことを素直に聞かない人は長生きされています」とおっしゃったそうなのですが、本当にそうなのだなと思います。

彼、彼女たちの生き方を見ていると、例えば「あなたは余命何カ月です」と言われても、「ジタバタするまい」と心が決まる。あの先輩がやっていたことを私はまねすればいい、つらいことも笑いに変えよう、と。私は先輩方に恵まれたと思えるし、それがとてもありがたいですね。

また長くなっちゃった(笑)。あと質問は何でしたっけ?

——好きな言葉をお願いします。

度々言ってきたことなのですが、「いつも喜んでいなさい」ですね。

私は、 中学、高校とプロテスタントの女学校に通っていたのですが、卒業するときに、座右の銘を卒業アルバムに書くことになり、そこに載せた言葉でもあります。

当時、座右の銘なんてなかったので、とりあえず新約聖書をペラペラペラペラめくっていたら、「テサロニケ人への第一の手紙」のなかで「いつも喜んでいなさい」「絶えず祈りなさい」「どんなことにも感謝しなさい」という3つの短いセンテンスを見つけて。「いつも喜んでいなさい」なら私にもできるかもと思い、これを卒業アルバムに書いたんです。そのときは深く考えていなかったのですが、それからずいぶん経って、すごくいい言葉だなと思うようになりました。

私は父に似て短気ですし、文句を言うときも多いし、周囲には「阿川、また怒っているよ」と思っている人もたくさんいると思うのですが、基本的にはいつも喜んでいよう、と。人って、いつも不機嫌な人より、いつも機嫌のいい人のそばにいたいでしょ? そういう意味でも、いつも喜んでいることは大事だと思うんです。

『置かれた場所で咲きなさい』(幻冬舎)という本をご存じですか? 『聞く力』と同年に発売され、ベストセラーになった本なのでライバルなんだけど(笑)、タイトルにあるこの本のメッセージ、本当にその通りだと思うんです。いい言葉でしょう⁉

例えば、会社ではよくあることだと思いますが、不本意な部署に配属が決まったりすると、「ここは私の居場所じゃない」と思いますよね。でも、居場所を与えられたのなら、とりあえずはその部署で頑張る、という考え方はとても大事。私も、いろいろ文句はありますが、与えられた仕事、与えられた場所で面白いことを探そう、喜ぼうと。それが指針でございます。実行できているかどうかはわかりませんが(笑)。

——「好きじゃない」と言いつつも多くの仕事に向き合ってきた阿川さんの、〝仕事に対する心構え〟が理解できた気がします。

よく思うのですが、自分が入りたいと思った大学や会社でも、入ってしまったら、嫌な上司や仲間と出会うこともありますよね。一方で、ここだけは入りたくないと思った会社で、生涯、師と仰ぐような人や一生の友と出会ったりすることもある。思いもよらない自分の才能を指摘され、新たな道を見つけるかもしれないじゃないですか。つまり、どこで働くかという場所の問題ではなくて、自分が気づけるか、見つけられるかどうかの問題。たまたまだとしてもそこには何かの縁があるんですよ、きっと。だから私は、「置かれた場所でいつも喜ぶ」ことを心がけようと思います。

取材・文 辻 啓子
撮影 元木みゆき

阿川佐和子(あがわ・さわこ)
阿川佐和子(あがわ・さわこ)
1953年、東京都生まれ。『筑紫哲也 NEWS23』『報道特集』(TBS)など報道番組のキャスターなどを経て、小説家・エッセイスト・インタビュアーとしても活躍。99年檀ふみとの往復エッセイ『ああ言えばこう食う』で講談社エッセイ賞、『ウメ子』で坪田譲治文学賞、08年、『婚約のあとで』で島清恋愛文学賞を受賞。『聞く力―心をひらく35のヒント』(文春新書)は12年年間ベストセラー総合1位を獲得など、その他多くの著書がある。14年には菊池寛賞を受賞。週刊文春の連載「阿川佐和子のこの人に会いたい」は連載開始から来年で30年、テレビでは『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日)が放送開始から24年の長寿番組。また女優としてドラマ『陸王』『チア☆ダン』(TBS)、『あなたのそばで明日が笑う』(NHK)などの番組にも出演。最新の著書に小説『ブータン、世界でいちばん幸せな女の子』(文芸春秋)がある。
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