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2022年5月24日にジャージーで発行された“ジャージーのローカルフード”の切手6種セットのうち、ジャージー・ミルクとアイスクリームを取り上げた1枚

北フランスのコタンタン半島西方沖合の英仏海峡に浮かぶチャンネル諸島(チャネル諸島)は、ジャージー島、ガーンジー島、オルダニー島、サーク島、ハーム島の5島と付属の島嶼(とうしょ)で構成されています。

チャンネル諸島は933年にノルマンディー公国の領地に編入され、1066年のノルマン・コンクエスト(ノルマン人によるイングランド征服)により、ノルマンディー公ウィリアムがイングランド王になるとイングランド王の所領となりました。

1204年、イングランド王兼ノルマンディー公ジョンはフランス王フィリップ2世にノルマンディー地方を奪われましたが、チャンネル諸島に関してはイングランド王の所領にとどまり、1254年にはイングランド王室の個人領地とされまました。

現在でも、チャンネル諸島は“英王室属領”として英国王の私領地との扱いになっており、英国王をその君主とし、英国がその外交及び国防に関して責任を負うものの、内政に関して英議会の支配を受けず(=英国の法律や税制は適用されません)、独自の議会と政府を持ち、海外領土や植民地と異なり高度の自治権を有しています。また、欧州連合(EU)にも加盟していません。

チャンネル諸島は、行政上はジャージーとガーンジーのふたつの代官管轄区に分かれていますが、このうちのジャージーは、面積・人口ともにチャンネル諸島最大の島、ジャージー島(面積118km2、人口10万6000人)を中心に、マンキエ諸島やエクレウ諸島などから構成されています。

郵便に関しては、第二次大戦以前、ジャージーを含むチャンネル諸島では英本国と同じ切手が使われていましたが、第二次大戦中の1940-45年には、ドイツ軍占領下で独自の切手が使用されていました。第二次大戦後は、再び、英本国の切手が持ち込まれて使用されるようになりましたが、戦後復興の一環として、観光宣伝と外貨獲得源を兼ねて、1940年代後半、ジャージーとガーンジーはそれぞれ独自の切手発行を計画します。この時点では、計画は実現しなかったものの、1958年になって、同諸島の他、マン島、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの各地で、エリザベス女王の肖像に各地の紋章やシンボルマークなどを入れた“地方切手”の発行が始まります。

これらの地方切手は販売地域こそ限定されていたものの、英国の全域で使用することが可能でしたが、1969年10月1日以降、ジャージーではジャージー専用の切手が発行されるようになり、現在に至っています。

濃厚で良質なジャージー・ミルク

さて、ジャージーは天竺生地(てんじくきじ=メリヤス)で作られたスポーツウェア、“ジャージ”の語源であると同時に、牛のジャージー種の原産地としても有名です。

ジャージー種の牛は、ジャージー島で在来のブルトンとノルマンが交雑して誕生した牛で、1700年頃には独立した種として認識されていました。平均乳量は、標準的なホルスタイン種に比べると少ないのですが、乳質は濃厚で乳脂肪率や無脂乳固形分率が高く、脂肪球が大きいため、バターなど乳製品を作るのに適しており、全世界に拡散しました。わが国では、明治時代の1877年に米国から雌3頭・牡2頭が輸入され、官営の取香(とっこう)種畜場(千葉県)で飼育されたのが最初で、現在は岡山県の蒜山(ひるぜん)高原が主な生産地となっています。

2022年5月24日、ジャージー郵政が地元の食材と料理を紹介するために発行した6種セットの切手の1枚には、ジャージー種の牛から搾られた“ジャージー・ミルク”と、そのジャージー・ミルクを使ったソフトクリームと青い容器に入ったアイスクリームが取り上げられています。ジャージー・ミルクを使った乳製品はあまたありますが、その中でも、アイスクリームは牛乳のコクと風味がストレートに感じられるものとして切手にも取り上げられたのでしょう。

切手の原画を制作したイアン・ロールスは、1957年、イングランド・オクスフォードシャーのバンベリー生まれで、ジャージーのヴィクトリアカレッジを卒業し、現在はジャージーを拠点に活動しています。ジャージーの風景や自然、生活などを題材に、どこか懐かしさを感じさせる独特の雰囲気の水彩画で知られており、ジャージーの現代美術を代表する画家の一人とされています。

ジャージー島は風光明媚(めいび)で、1年で最も暑い 8月でも平均最高気温は 20°C、最低気温は 15°C と快適な気候のため、避暑地として人気があります。ロールスのデザインした切手は、そんな避暑地で楽しむ濃厚なミルクとアイスクリームを感じさせる1枚です。

内藤陽介(ないとう・ようすけ)
郵便学者。切手をはじめ郵便資料から国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し、研究・著作活動を続ける。著書に『日の本切手 美女かるた』(日本郵趣出版)、『みんな大好き陰謀論』(ビジネス社)、『日本人に忘れられたガダルカナル島の近現代史』(扶桑社)など多数。
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