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アイルランドが1987年に発行した“子ども向け塗り絵”の絵はがき。仮装したまま、アイルランドのハロウィンの定番、アップル・ボビングを楽しむ子どもたちの傍らには、“戦利品”のキャンディーも見える

かつて、アイルランドの古代ケルト人たちの間では、毎年10月31日を収穫期の終わりとし、新年の始まりとなる翌日の11月1日にかけてたき火と供宴などで祝う“サウィン(Samhain=夏の終わり)” の儀式が行われていました。

彼らは、サウィンを現世と来世を分ける境界が弱まる時と考え、死者の魂が墓からよみがえり、生前の住まいに戻ると信じていました。日本でいえば、お盆の時期に地獄の釜のふたが開いて、ご先祖様が戻ってくるというのと同じ感覚といっても良いかもしれません。

ところで、カトリックを含むキリスト教の宗派の多くでは、各々の聖人を守護聖人とする祝日を割り当てていますが(その最も有名なのが聖ヴァレンティヌスに捧げられた2月14日のヴァレンタイン・デーです)、4世紀頃から、1年のある1日にすべての聖人と殉教者を祝う“All Hallows Day(諸聖人の日=万聖節)” の習慣が始まります。

当初、その日付は5月13日だったようですが、5世紀、アイルランドにカトリックのキリスト教が伝わると、サウィンの風習はキリスト教に取り込まれ、11月1日が“All Hallows Day”となりました。その前夜祭の、“All Hallows Eve(ハロウ・イヴ)”から変化したのが、現在のハロウィンの起源です。

“ハロウ・イヴ”は精霊たちを祭る夜とされており、この日に戻ってくる死者の魂は、先祖の霊だけではなく、幽霊や妖精、ゴブリン、悪魔などもいるため、彼らが家にやってきた時に機嫌を損ねないよう、人々は食べ物や飲み物を出し、彼らが冥界に帰る時に連れていかれぬよう、仲間を装って不気味な仮装をして身を隠していました。

ハロウィンの習慣は、1605年11月5日に“ガイ・フォークスの乱(イングランドで弾圧されていたカトリックの過激派がロンドンの国会議事堂を火薬で爆破し、政府転覆を狙ったものの未遂に終わった事件)”を機にイングランドでは廃れていきますが、アイルランドではその伝統が守られ、19世紀以降、多くのアイルランド移民が米国に渡ったことで、20世紀以降、米国の習慣として定着していきました。

ちなみに、「お菓子をくれないといたずらするよ(Trick or Treat!)」と言って子どもたちが近所を回り、お菓子をもらう風習ですが、こちらは、ハロウィンの時期に、貧しい人たちがお祈りを捧げるとソウル・ケーキ(カトリックでは、死者をしのぶ記念日に食べる習慣があります)を与えられていたことにちなみ、1950年代、米国の製薬会社や映画会社、テレビ局などが販促キャンペーンに利用したことで広がりました。

ハロウィンはカボチャではなくリンゴ!?

さて、ハロウィンに関する切手というと、その多くはカボチャのランタンを描くもので、残念ながら、「トリック・オア・トリート」のお菓子に関するものはありません。ただし、官製絵はがきにまで範囲を広げてみると、1987年にハロウィンの祖国ともいうべきアイルランドで発行されたハロウィンのグリーティングはがきがありました。

はがきの裏面は、“ハッピー・ハロウィン”の文言の下、仮装して遊んでいる子どもたちが白黒の線のみで描かれています。表面に“キディ・カラー・カード”とありますので、子どもたちに塗り絵を楽しんでもらい、それをお互いに送りあうことで、郵便に関心を持ってもらおうという趣旨で発行されたものと思われます。

料額印面(切手に相当する部分)は子どもが差し出すことを意識して、アイルランドのシンボルカラー、緑の背景に線画のピエロが描かれています。おそらく、このはがきに関しては料額印面の部分も塗り絵として楽しんでもらおうということなのでしょう。ただし、通常のはがきの場合、利用者が勝手に料額印面に色を塗ったり、文字などを書き加えたりすると、はがきとしては無効になりますので、ピエロの部分に色を付けた状態で海外に送ると、国によっては料金未納の扱いになりかねません。このため、このはがきに関してはアイルランド国内宛てにのみ有効とされています。

裏面の塗り絵は、アイルランドのハロウィンでは定番となっている“アップル・ボビング(たらいに張った水に浮かべたリンゴを口だけで取り出すゲーム)”の光景を描いています。ヨーロッパの気候では、リンゴは10月頃に熟すので、現在でもアイルランドの一部地域では11月1日を“リンゴの日”として、その収穫を祝う各種イベントが行われているため、ハロウィンとリンゴは定番の組み合わせというわけです。

右端に立っているウサギ姿の子どもが手に持っているのは、おそらく、リンゴ飴でしょう。シロップや飴などでリンゴの実をコーティングし、手で持つための棒を取り付けたリンゴ飴は、もともと、収穫祭のお菓子として作られていたものですから、塗り絵の題材としてもぴったりです。

また、左下にはリンゴに混じって、包み紙に包まれたキャンディーもいくつか転がっています。おそらく、近所を回ってもらってきたものなのでしょう。

画面の中央で四つんばいになっている男の子が髑髏(どくろ)の仮面をずり上げているところなどからすると、お菓子をもらって帰ってきた子どもたちが、着替えもせず、すぐに部屋の中でアップル・ボビングを始めてしまった……はしゃぐ子どもたちの声まで聞こえてきそうな1枚です。

内藤陽介(ないとう・ようすけ)
郵便学者。切手をはじめ郵便資料から国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し、研究・著作活動を続ける。著書に『日の本切手 美女かるた』(日本郵趣出版)、『みんな大好き陰謀論』(ビジネス社)、『日本人に忘れられたガダルカナル島の近現代史』(扶桑社)など多数。
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